Q.E.D. 1

……解説の続きを行います。

「normalization。
 国交の正常化というこの言葉ほど、この国に似つかわしくない言葉はありません。いまや、世界全ての国を敵に回し、一触即発、絶体絶命。いつ敵軍がやってきて交戦状態におちいるかどうかわからない。国家存亡の危機に瀕している国です。

 公称Q.E.D.。 Quardr-Ersatz-Designers。 通称四人の賢者。
 全世界のほぼ全ての研究機関の集まった洋上国家。その国の特殊な政治機構のトップには、四人の科学者が君臨していることからこの名前がつきました。

 この国は突如、その領土上にある研究所すべてを巻き込んで、あるとき突然、独立しました。現在に至るまでその理由は不明です。この国の国家首班が何を考えたのかは定かではありません。  この奇異なミュータント国家の胚芽はもとはといえば、小さな大洋上の小さな無人島でした。

 時を二世紀、さかのぼります。その当時のある超大国の一つの元首が こう提案しました。  「今後の人類の発展、そして世界の恒久平和のために、この星のすべての科学技術をすべての国々で共有できる、そして、その技術をすべての国々が利用できるような機構をともに作り上げようではないか」と。

 陳腐な言葉で彩られたこの提案はしかし、他の大国の反対があったにもかかわらず、実現に向かっていくのです。世界史ではあくまでこの反対運動の調停は平和に行われたということになっています。

 しかし、実際は暗殺劇や、粛清などの血なまぐさいことが秘密裏にあったともいわれ、また巨額の資金が動いたともされます。いずれにしても、歴史が何か語ることはありません。

 この国の成り立ちについて話を進めます。各国の調停後、どの国家の影響力もおおきく及ばないように、機構の設置場所が検討されました。 その結果、大陸から離れた大洋上の無人島が選ばれました。この歴史に登場した無名の島は広大無辺の海の上で名を与えられました。

 ミネルヴァと。

 すぐさま、この小島の自然はすべて取り払われ人工物で覆われて生きます。人類の発展とその科学技術の醸成をうたって作られたこの島中心部の研究所には、宇宙の起源、ヒトの起源、物質の起源、果ては生物の起源を求めるために各国やさまざまな企業群から優秀な人材とエネルギー、資金が流れこみました。

そして、知識を追い求める者には最適な環境へと変貌していきます。また、ミネルヴァには、どの国であっても使用できるシンクロトロン、光量子コンピュータ、超高速回線網やその他、各国が提供した最先端の技術がおかれ、それを使ったビジネスが企業の移転を呼び込み、急激に発展していきました。

 小島の広さが足りなくなり、手狭になったとしても、さらに島の周囲の海へとつぎつぎに拡張されていきました。

 その広がっていった姿は、つぎつぎに増殖していく菌類のようであり、また、貪欲に養分を吸収する姿は、底なしで、外観は、さながら要塞に見えました。

島の周囲の地下には同心円状、四重に埋設された最小半径五キロ、外周半径七十キロの超大型ハドロン加速器、洋上部には、八機の核融合炉と四機の重水原子炉、世界の演算能力のじつに七十%を誇る量子コンピュータ、島のエネルギーを賄う太陽光を利用した発電パネル群。廃熱を利用したコ・ジェネレーションシステム。宇宙の衛星軌道上まで物資を運搬する軌道エレべータ三本。巨大化学プラント群。その他、怪しげな私設研究所、企業や商店が入ったビル群、人々の帰っていく居住区など。ここにヒトが降り立ってから二世紀半。そこには

巨大な”大陸”が出現していました。

 その大陸は、周りの世界に対して充分すぎるほどに、影響力を持っていました。設立当初の理念から大きくはずれたこの島の存在感をだれも無視することはできなくなっていました。そして、要塞と化したこの島を統べるのは、四人の科学者たち。

 彼ら、彼女らは大きく肥大化したこの島をよく治めていました。しかし、ある時、そう、ある時突然、ミネルヴァと外界の接続を全て遮断し、独立を宣言したのです。

 この尋常ならざる事態に世界に激震が走りました。その内部の情報を探ろうにも各国の有能な頭脳たちはみなミネルヴァに流れていました。ミネルヴァの外界に残されいたのは世捨て人のような人か、はたまた孤立をのぞむ仙人のような人々ばかり、もしくは若いものたちだけでした。

 世界全ての国を敵に回し、一触即発、絶体絶命。いつ敵軍がやってきて交戦状態におちいるかどうかわからない国へと堕ちていきました。


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