サキヨミ 11


「ほら、すぐに終わっただろう?」

蒼が私に話しかける。
ほんとうに信じられない。
信じられないことが津波のようにおしよせてきて、私の中の常識が悲鳴を上げる。
こんなことが昨日にもあったような気がする。

いつもどおりの何一つ変わらない情景。

このいつもの情景がもはやおかしい。

呆然としていると、さらに蒼が言葉を言う。
「こういうのはちょっとした特例でな。かんたんに何でもやって後始末は三言、二言
というわけにはいかない」
ミサコに向けてなぜか視線を送りながらそんなことを言う。
ミサコは苦笑いしながら目をそらす。

その空気の中でちょっとした沈黙。

耐え切れなくなったのか、次に言葉を発したのはミサコだった。
「先輩、戦闘も終わったし、仲良くなるために何か食べに行きませんか?」
「もう、お昼過ぎですし」
さらに呆然としている私を尻目に、話は勝手に進んでいく。
 正直を言えば、休日は家で過ごすと決めているし、あんまり日の光もみたくないんだけど。
ふたりはうんぬんかんぬん何か話し合っている。

―――先輩、めん類を食べに行きましょうよ〜。
 いや、コンビニで弁当を買うぐらいでいい。それでもって日光の下のどこかで食べるべきだ。
うう、ここはゆずれません!めん類にしましょう!
そんなこといっているから太るんだ!

うんぬんかんぬん。
そして、少し話がまとまったのか、蒼が話しかけてくる
「申しわけないが、いっしょに食べに行かないか? 尋」

あぁほんとうは一刻も早くこの人たちにこの家から出て行ってほしいんだけど。
そんなこともいえないし。
黙り込んでいる私を前に不安に思ったにちがいない。さらに蒼が提案を続ける。
「私がおごってあげるから」
「昼食を食べに行こう?」
……。
ユキコ以外の人に誘われるのは久しぶりだなぁと回想する。
 彼女以外と外出しようとするのはめずらしい。思えば、家族以外で外食に行く
というのは回想した記憶の中にはない。ここまで提案されると返答にこまる。

もし、食べに行っても、なぜか高校の制服の二人の間だと私服の私は浮きそうだし、
そもそも、どうしてこの人たちについていけかなくちゃいけないんだろう?それに……。

そんなことに思いをめぐらせていると、さらにミサコがたたみかけてくる。
「先輩がおごってくれるのは、めったに、滅多にないことだから」
「行こ?」
どうしよう。
つべこべ考えず行くしかないんだろうか?
なんだか悪い大人に連れて行かれる子供の気持ちがわかるような気がする。
こんなかんじに圧力をかけられるんじゃないだろうか。

ためしに行ってみようかな……。

二人が私の口が開くのをじっと固唾をのんで見ている。
重い口を開く。
「行きます……」
その言葉を聞くや、二人は安堵したかのような表情をうかべると、
互いの顔を見合って、何かのアイコンタクトをする。
そして微笑みながらこちらに向き直る、

同時に私の右手を蒼が、左手をミサコがつかむ。
強引に手をひっぱって外へと連れ出される。

(こんな私服で?!)と思う前に、くつをはくことに必死になって、
 それより前に倒れないように右足を前に踏み出し、派手に体を地面に打ち付けることのないように集中。
でも、一番先にうれしいとか、たのしいとか、そういう類の感情が表れる。
 その感情が顔に表れたかどうかはわからないけど、どんな行動より一番、最初に現れた。
そんな自分にちょっと驚いた。
さっきまではぜんぜん乗り気じゃなかったのに。

手を引かれ、何とか靴をはくことに成功した。そのまま二人に連れられ、
ちょっとした移動をさまようように駆け足で進んでいく。

あのう、私運動はあまり好きじゃないんですけど。

などと思いながら足を動かしつづける。
どこをどういったかわからないまま、どこかの食堂に連れ込まれてしまった。
この辺には滅多に来ないし、ましてこんな食堂、来たこともなかった。
常連なのだろうか?
 先ほどの話し合いのプランにはいっさい触れられなかったのに、なんでここに決まったんだろう。
やはり常連なのかもしれない。
阿吽の呼吸とかいうやつで相手の思っていることがわかるのもすごい。
疾走中何一つ言葉を交わさなかったのだから。そんな余裕もなかったと思うし。
でも聞いてみたい。
なぜここなのか。
言葉に出さず目で訴えてみた。
その視線、視線の先の二人は私を気にすることなく会話にいそしんでいる。
「ここでいいんですかぁ?」
「そんなことを行ってもだな、私にはわかりかねる」
「そもそも、何でこの店にしたんですか?」
「それはこっちが聞きたい。貴様は、子供がほしいものを見つけたような勢いでこの店に突進していったんだ」
「貴様がよく知っているはずだろう? そんなに空腹だったのか?」
「いやそういうわけじゃなく」
うんぬんかんぬん。
どうにもできそうになく、二人は会話を続ける。
態度だけじゃとてもじゃないけど、話が先に進みそうにないので、口を開いて聞いてみることにした。
「あのう、店員さんが困ったこまった顔をなさっているんですけど」
 接客係と思われるアルバイトさんが困惑している。その様子がよく見えるだけにちょっと気の毒に思う。
さて、二人の返答を聞こうか、とアルバイトさんから目を離したとき、ちょうどアルバイトさんがマニュアルに従って問いかけてくる。
「お客様。 三名様ですか?」と。
至極当然、完全明快な言葉で。
なのに、それを聞いた二人は同時にビクッと体を動かし、なぜか驚いている様子。
意味がわからない。
そして、また不思議なことに動揺しはじめて、オロオロしている。
 こんな光景を見ている私は苦笑いするしかなく、後ろのお姉さんもまた同じような顔をしてるんじゃないかと予想できる。
 この状況を動かすにはこの二人に何かを期待してはいけないだろう。なぜか動揺していてあまり役に立ちそうにない。
質問されたまま、答えを返さないのは、最近の若者はなんとか、かんとか、といったような、
達観した考えを相手に抱かせてしまいそうな気がした。
 振り返る。最初主導権を握っていた二人に代わってため息をつきながら「そうです」と小さな声で答える。
 そう答えると安堵したような表情をアルバイトさんが見せる。接客の作る笑顔とは違う自然な笑顔。
若い人だなぁ。
この人に誘導されて店の奥のほうにある席に案内してもらう。
やっとこの段階にきた。
この席に到着するまでに無駄に時間を消費したこと間違いなし。
何を頼めるのか確かめるために、横にあるメニューに手を伸ばす。
そして、手を伸ばしている最中に目の前では、非常に挙動不審な二人が。
あぁ、この人たちと一緒に居るのが恥ずかしくなってきた。
メニューじっくり吟味したところ、当店自慢のピザなどというものがあった。
和食中心の品目が多い中で異彩を放っている。
 メニューに加えたということは、とても目立つようにとか、それとも突然の思いつきとか何か、と疑問に思う。
さて、お二人さんは何を頼むのか。
やっぱりまだオロオロしている。ほんとうにどうしたのかわからない。
 助け舟を出すために、注文方法を知っているのかどうかということを聞いてみた。
答えは容易に予想ができたけど、聞いてみた。
答えはうぃ どん のぉーとのこと。
やっぱり。
 ここのシステムが理解できていない。この事実がわかったときの自分の表情を見てみたい。
どんな感情を抱けばよかったのかわからなかったので、どんな表情をしているか見てみたい。感情が対処不能状態の人はどんな顔をするのか。

ま、どんな表情をしていたにしろ、二人はなぜか黙ってしまった。
三人の間に沈黙が訪れる。
訪れる。
訪れる。
短期滞在する。
長期滞在する。
家を持つ。
いすわる。

・・・・・・。

なに、この長い沈黙。
「なにか、頼まれたらどうですか?」
 自分から沈黙という安定を壊すのはいやだったが、長い沈黙の中無駄に時間を過ごしていることもそうだし、空腹のほうがもっといやだった。
その返答はこうだった。
「いや、あのな、えっと」「う〜、どうしようかなぁ」
ちょっと短い沈黙の後、
「「「はぁ」」」
三人同時にため息をつく。
 仕方ないので自分含め3人分を適当に頼むことにした。どうせおごってくれるというのだから。
 出された水に入っていた氷が完全に溶けるころ、やっと最初の料理が届いた。
その名もトンカツ定食たくあん付き。

なかなかボリュームがあって胃に収まるかどうか非常に心配だったがとりあえず手を付けることにした。
しばらく、箸を動かしていると、対面の蒼が口の中の物を飲み込んだ後、口を開く。言葉を発するために。
「とりあえず、今こうして昼食を取っているわけだが、あ〜なんというかかたくるしくないか?もう少し何か話そう、な?
ミサ、お前がムードメーカとして生きてきたのは今日のためだ。さ、何か話題を提供しろ」
「そんな無茶ぶり無理ですよぉ。何いってるんですか。そんな共通した話題を持っているわけでもないのに」
まぁ、お互い何も知らないから仕方のないことなんだけど。だいたい初めて口を開いて会話してから二時間も経ってない。
「あぁ、もう仕方ない。とりあえず、私たちの今までの行動でも話すことにしよう」

そして、話されていく数々の事実。
 いままでのことのつじつまを1つ1つ合わせていく。ここ二日間の出来事には全て意味があった。
 バラバラでつなぎ合わせることの出来そうもなかったジグソーパズルが一言一言でカッチリカチリと繋がっていく。
そして、できた一枚の現実という作品はやはりわたしを驚かせたが。
「今後は私たちと連絡を取り合い、一緒に作戦行動を行う。指令が下っているはずだ」
「それに従えばいい」
「選ばれてしまった以上、この指令という義務からは逃げることは出来ない」
「とにかく」
わたしは仲間になってしまったんだ。この人達と。

想像も出来ないようなファンタジー、物語、SF、その他諸々の語句で起用される世界の住人へと私はなってしまったんだ。

聞きながら食べていたせいか目前にあった昼食は消え失せ、どうしようもないくらいの満腹感と不思議なくらいの冷静さが私を包んでいた。

前に戻る
書庫にもどる