サキヨミ 10


なぜかと疑問に思っても、直感的にそう感じたのだ。
仕方ない。
あえて言うなら背中から感じる感情というか、雰囲気というかその類のもの。

とにかく私の目の前の、二人の背中は、大きく頼もしくみえた。

その二つの姿が動いた瞬間、私は画面外に吹き飛ばされていたが、不思議と痛みは感じなかった。

視界は白く染められ、何も分からなかった。意識が飛んだかどうかすら。

まったく分からない。

「四秒後、目標に到達。備えよ」恐ろしく早口な最後の確認をミサコに送る。返答は無い。

見る間に過ぎゆく眼下の町並み。そして目視する、誅せん敵。
ヒロの家は二階建て、コンクリート造りの角砂糖のような角ばった構造物。
そして、その周りには蟻がたかり、今まさに侵食をはじめていた。
四秒後。
目標地点の上空にてリバース・スラスターをかけ、静止し、ファーブルのように蒼天より下を見下ろす。
まったくおぞましいものだ。
一呼吸置いて下方への垂直降下を始め、地面へとどんどん降りていく。
コンマ数秒後には激突予定の家屋の屋根を凝視しながら。
物理に従うならば、激突、“四散”という過程を通して、死を迎えるであろう。
が、
もちろん犬死するつもりは毛頭無く、また、手をこまねいて見ているわけでもなく、手持ちの端末を使い、
回避する必要すらない。

片手を進行方向にスッとかざし、まるで呪文のように言葉を呟く。一字一句間違えない、はっきりとした呟きを。
その刹那、屋上の灰色が転じ、二階層の床が見えそして消え、一階層のフローリングの木目が見えようになる。
簡明に説明すれば発した言葉、一言一言が灰色の地面を消失させた。
眼前をさえぎるものは何も無くなり、激突の過程を通ることは無くフローリングという名の地面に舞い降りる。

 背中にはヒロ、眼前には敵の働きアリたち。アリたちにしては禍々しい光は網膜をいためそうだ。
サングラスが必要だと思うが、ま、大丈夫だろう。
では、いこうか。働きアリたちよ。言葉は要らないだろう?

 行動のシグナルをミサコに送り、ルーインと呼ばれる大鎌を展開し切っ先を相手方へ。
マニュアルどおりの機械的な一連動作を行った後、構える。

足を踏み出す前に非戦闘員を文字通り動かす。
彼女に出来る最初の行動であり、最善の策。多少の衝撃は勘弁してもらおう。

盟友を危険にさらすわけには行かない。

後方で派手に突っ込む音が聞こえた瞬間に足を踏み出し、地面をける。
スラスターを一気にフルスロットル、全開放でどよめく敵の集団に分け入る。
 ミサコにヒロの護り役を与えたことに少し、ほんの少し不安を感じた。
が、横から命中すれば、骨格の幾らかが崩壊してしまうような錫杖が飛び込んでくるのを避け、
まるで天の使いのような相手方を鎌で払う内に、
そのことを思考の隅に追いやることに決めた。

 自分たちの仲間が倒されたことに気が付かないのか、それとも他の理由があるのかどうかは分からないがどうやら恐怖という感情が無いらしい。
 二人、三人と声を大きく上げ己の得物で殴りつけてくる。後ろからも前からも上からも左右前後全てから。
 でも、残念ながら後ろが無防備とも限らないということを少しは学習していただきたい。
いや、知っているはずだろう。
 この家まで飛んでくるときに使った飛翔翼、背中の鉄翼は移動するだけときだけの、ただの移動手段ではない。
汎用戦闘兵器。そう攻守バランスの取れた汎用兵器であるのだ。
 六枚ある翼はそれぞれ独立して動き、可変しその場の状況に応じることの出来るよう、球体を利用した関節が、
翼の付け根、中央部、翼端と取り付けられている。
ただの補助兵装だと思い侮ってはいけない。
 骨格は、ルーインを超える強硬度の素材を使用し、敵の攻撃を退ける。骨格に沿って飛翔時に使う光羽を使って
物体を切断し,破壊することが出来る。
使いこなすには一定の訓練が必要だが。
 世の中にはこれだけで肉を捌き、野菜をみじん切りにし、料理を作る強者もいるらしい。
この私を、そこらへんの雑兵と一緒にしてくれるな。
天地に存在する敵である限り、私は、

負けない。

殴りこんできた敵を六枚の羽で切断、分断、命を散らせる。
蒼天に飛んでゆく血液の飛沫や声が一層激しくなってゆく。
 左前方斜め上方から突き入れられた鉄柱を上段の“骨格”で受け止め、下段で上のほうへと払う、
と同時に手にもっている鎌で眼前を突き通す。
 右後方水平方向からの打撃は軽やかなステップでよけ、得物の柄で小突く。体勢を整えることは戦術の基本。戦闘の基本。
 正後方多面方向からのよく分からない攻撃の波を全て四枚の骨格で防御。鎌を水平に突き通した敵を切断しながら振り向き,
薙ぎ払う。
すべての動作を頭で処理、演算、行動に移し、鎮圧してゆく。
蒼空が赤く染まるようなそんな光景を描いてゆく。
全てが終末へと流れてゆく。

 ソラが縦横無尽に戦っている間、後方支援で子守役の私はこちらに向かってくる敵を適当にあしらうことに専念していた。
 訓練とは違うこの初めての実践。ただし、敵の行動範囲は想定の範疇から出ることは無く何とか対応できる。
無感情のかのように殴りこんでくる相手方。なかなかあわれに思う。一方的にこんなことになることは分かっていたはずだ。

そんな相手に問いかけてみたくなった。
「考え直す気は無い?」
と。
だいぶ息も切れてきている今はそんな余裕は無い。一瞬そう思った
刹那。
後ろで骨の砕けるような生理的に受け付けない音が鳴り響く。
まさにその音だった。
 敵の一撃が自分の脇をすり抜け、私の一撃で絶命する前に気絶しているヒロに届いたのだ。
錫杖は胸付近に大きく打ち付け、ぐしゃ、という音と共にヒロのろっ骨数本を折り、皮膚を突き通す。
同時にビクッ、と一瞬、下半身を跳ね上げる。
 床に両足が着くより前にヒロが口から血の泡を吹く。誰が見ても致命的な損傷を受けていることは明白だった。

攻撃を許したミサコは一瞬静止する。
ミサコは自分の視界の風景が一瞬で赤く染まったかのように見えた。

髪をすべて後ろにまとめ、オールバックになる。
狂気という名の凶器がミサコの理性を破壊し、彼女は死に神となる。
「はぁぁぁぁ!!!」
敵陣に飛び込んでゆく一つの影。いつもの運動音痴のような動作はそこにはなく、
 そこに人がとるべき姿はなく、仲間をまもる意思と行動だけが唯一存在していた。

進行方向にあるエネミーをすべて蹴散らしながら。

「死を賜れ」
そう言い放つ彼女の目の前には数刻前までは数秒前までは生きていた屍体の山。
彼女の顔には相手の血。頬につく血液が涙でうすい色に変わっていく。
仲間をまもる。
守ることのできなかった任務の重さに再び一筋、二筋と頬を下ってゆく。

「痛い思いをさせてごめんね」

今は死体のように横たわる仲間。すべての敵を退けた後、同僚とともに見下ろすその
無残な肢体。

このままでは死んでしまうのが当然の展開だった。
蒼が言う。
「もうそろそろ直してやろう。傷つけてしまったことをあやまらなきゃいけない」

手持ちの端末を操作する。
「で、ヒロがこうして生きているわけですか」
 今聞かされた物語はとてもじゃないけれど信じることのできない類のものだった。
もちろん目覚めた目の前に死体が転がっていなければ。
数分前。
私は目覚めた。
 玄関という空間は既に崩壊し、そこら中に血と臓器の飛び散ったいような光景の中で。
そしてその中にいるのは
横たわっている私と、それを見下ろしている、私と同年代の少女二人。
髪をすべて後ろにまとめている一人が私に言葉をかける。

あぁ、よかった。無事に成功したみたいで。
と。
その直後見知らぬ長い髪のもう一人が私に言葉をかける。

ほんとうだ。ミサのせいで無駄なしごとが一つ増えたが、まぁうまくいった。
ほんとうによかった。
と。

何を言えばいいかわからない。
いやむしろ、あなたたちはいったいだれ?
という疑問詞が出てくる。が、声に出すより先に相手はそれを言わせない

「私たちは選ばれたあなたを迎えにきました。あれ?言ってませんでした?メールを差し上げたものですよ」と。
異常な光景の中で気を失っていた間の出来事を聞く。
そして、なぜこんなことになったのかということも。
 なんだか壮大な世界観のただよう説明だったというぐらいにしか印象に残らなかった。はっきりいって
何を話しているのかわからない。

不思議なことにこのような説明をついこの前、というより昨日聞いた気がする。
説明というよりまさしくインプットといった感じだったが。

で今。
先ほどの状態から少し落ち着き、二人と話す。この二人とはどこかで面識があるような気がしたがよくわからない。
とりあえず自己紹介をすることになった。
長髪の彼女が語りだす。
「わたくしはタカノ・ソラという。漢字表記すれば」
とフローリングに
そこらへんの誰のものとも知れない血液で
野 蒼と記す。
それを見ていたらあぁ、この後の掃除とか後片付けどうするんだろうとかいう考えが頭をよぎった。
よぎるが、その先の説明がさらに続く。
「さっき説明した通りこれからはよく会うこととなる。わたくしをソラと呼べ」
「ほかに何か呼び方を思い浮かべばその呼び方でもかまわない」
 と蒼の説明が終わったと見るや髪をすべて後ろにして、オールバックにしていたもう一方の彼女が髪をまとめながら言葉を発する。
「わたしは、エイチ・ミサコっていうの。さっきはごめんね。まずこれだけはあやまっておく。ほんとうにごめん」
血がはりついている頬が笑い、ミサコが頭を下げる。
正直いってなにも覚えてないのですが。
「とりあえず、新しく仲間になるんだから仲良くしてね」
いい終わるかいい終わらないかのうちに蒼がこちらに耳打ちする。
「ひとつ、いっておきたいことがある」
深刻な顔でこちらに迫る。ちょ、近い。
「ミサコは相当いたずら好きだ。これだけはいっておく」
「ほんとうに気をつけろ」
「用心に越したことはない」
「奴に弱みを握られるな。利用されて苦しむことになるぞ」
あの先生。
ひとつ質問があるのですが。
ひとつじゃないですよね、この警告。
「あ、先輩。なにか吹き込んでますねぇ〜。やめてくださいよ。偏見が生まれたらどうするんですぅ」
「お前に関して言っておいただけだ。まったく、お前の餌食はわたくし一人で十分だろう?」
この二人いったい何なんだろう?
またもや疑問詞が出てくる。
そして再び周りを見回す。
 あぁ、この後の掃除とか後片付けどうするんだろうとかいう考えがふたたび頭をよぎる。
二人の討論は続いている。なんだか無視されているようでちょっとさみしい。
また周りを見渡す。
この光景だと普通の人が見たら気分が悪くなって、保健室に直行だろうな。
派手な戦闘だと思う。そしてまたもや疑問詞が浮かび口に出す。
「あのぅ、この後の掃除とか後片付けどうするんですか?一応ここ、ヒロの家なのですが」
そういえばどうして自分のことを「ヒロ」っていってるんだろ。一人称いつの間に変わった?
その答えを出す前にミサコが私がだした疑問に答えてくれた。
「心配しなくても大丈夫だよ、かんたんに済むから」
いや、どう見ても地獄絵図のこの状態で? 周りを見て気付いたけど天井がなくなりそこらじゅうの壁が吹き飛び、
断熱材とか電気配線とかむき出しになってるこの状態で?
 また、自分の出した疑問にとらわれていると蒼が手元から私が持っているのと同じような鉄板を取り出してこういう。
「干渉終了」
って。
 そこからの変化はさながらマジック。信じられない光景が広がる。さっきの地獄絵図とは違う信じられない光景が。
 甲高い音が鳴り響いたかと思うと、一瞬視界がすべて蒼色に転じてすぐに元に戻る。
そして、その視界に入ってくるのは何事もなかったかのような玄間。

あれ?どうして?
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