サキヨミ 9


そして小一時間いろいろ思案した結果、
強引な勧誘を仕方なく受けるという結論になってしまった。
これでよかったのだろうか?
何も思いつくことが出来ない。
見てきた出来事を否定して受け流すべきだったのだろうか?
やはりどうすればいいか分からない。
人生経験の少ない私は判断を下すことはできない。
情けない。
だが
事実だ。

フェルマーの最終定理のように簡単そうに見えて複雑。

これは哲学だ。

今の私には理解できない。

よし、終わりなき葛藤はここまでにしよう。
 やはり夢であるという証明は出来ないし、いまこの状況も夢ではないという証明にはならない。さっきの考えは改めなよう。
これが現実である。現実ではない。どちらとも取ることは出来る。
よって
この証明を完成することは出来ない。
後になれば完遂出来るかもしれない。
ただそれだけだ。

行動はどうすればいいのか?
これはカンタンだ。
現実のように振舞えばいい。
自分に素直に行動すればいい。
夢の中でも現実でもそう振舞えばいい。
そうしていれば自分は柳 尋でいられる。
夢のように振舞えばそこには
全てを拒否するよう働きかける自分しかいない。
その自分しか。

 しばらくは目に入ってこなかった光景が目に飛び込んでくる。完全に荒れ果てた部屋を見回し、整理をすることが必要であることがわかった。
さて掃除を始めるとするか。
「先輩ぃ〜、起きて下さいよぅ」
うん……。
 目の前に見えるのはテントの天井。聞こえてくるのは雨音。(と部下の声)
あぁ今は任務の為にこんなところにいるのだなと思い出し体を起こす。
となればいいのだが、
嫌だまだ起き上がりたくない。
口から出てくるのは喉が渇いてかすれているうめき声と友に対する怨嗟の声。
はっきりいって
嫌だ。
「先輩ぃ〜、早く起きないと任務に支障が出ますよぅ」
お前も十分眠そうだが。まだ私は寝ていたい……
そう思っているとき毛布が剥ぎ取られる。冷たい外気が肌を刺し、体を震えさせる。
「ぅん……。もう少し時間がほしいぃ」
頼む。もう少し寝させてくれ。
「先輩だめですよぅ〜もう起きないと〜」
もうだめか。はぁ……。
 今度こそ体を起こしつつ、顔にかかった髪を後ろに回し、目をこする。憂鬱な気持ちになりながら部下に状況を確認する。
「対象はぁ〜」
言葉とあくびが重なり自分としても情けない声になる。本当に眠い。
「どうなってれぅ」
 ろれつが回らない。もうどうしてこんなにも情けない。この朝というものをどうして毎回迎えなければいけないんだ……
「えっと、対象は未だ睡眠中です。特に動きは無いですよ」
 そうか、ならば心配は無い。ヒロの行動はたまぁに理解できないときがあるからな。
「よ〜し、とりあえず監視を継続するぅ」
酔っ払っているかのような受け答え。頭はそれなりにしっかり覚醒しているつもりなのだけれど、口がどうにも動いてくれない。
これでは上司とはいえない。いや先輩とはいえない。
 そう思いながら雨音が鳴り響くテントの中で粛々と朝食に取り掛かる。といっても昨日買ってきたコンビニ弁当と
 パッケージに健康にいいとか書いてある黒酢だけだが。これ実はミサコがかごにすべりこませた得体の知れないものなのだ。
 奴のことだから何かたくらんでいるに違いない。だがそれが何かは全く分からない。
 この世界のものはよく調べてから食べるべきなのだろうが今はそんなめんどうくさいことはしたくない。
コンビニ弁当を開け、マグカップを手に取る。
黒酢はどうやら先に手がつけてあるらしく蓋は開いている。若干においが強い。
飲みたくない。だが喉も渇いているし何か飲まないと
マグカップになみなみと注ぎ、一気に黒いその液体を飲み干してみた。

!!

 横でこちらをニヤニヤみているミサコと目が合うのと口から黒い液体を吹き出すのはほぼ同時だった。
 吹いたものは後一歩のところでミサコに届かず、奴は大声で笑い私は完璧に眼が覚めた。
口の中の感触から推測するに炭酸飲料が入っていたようだ。まさかこんな……。
「先輩どうです?」
腹を押さえながらミサコは問いかけてくる。
「目が覚めたでしょう?」
ああ、ばっちり目が覚めたとも。
眼前にふたを取り除いて置いてあったコンビニ弁当は激しく被弾し大惨事になっている。
あぁ、まだ一口も食べてないのに……。

「死にたいか?」
「いえいえ、まだ寿命が残っているので死にたくはありませんが?」
「いや、安心しろ。その寿命は今尽きる」
「まぁまぁ、いいじゃないですか、そんなこと」
「もちろん私が最後まで片付けますから」
当然だ、という言葉を発しようと思った瞬間相手が先に口を開く。
「あ、でも弁当はもったいないですからたべてくださいよ。食べないと朝食抜きになっちゃいます」
貴様が何を言うか。
まったく。貴様のせいで食べる気は皆無だ。
私はここで二つの選択を取れる。
弁当を買ってくるという選択。
朝食を抜くという地獄の選択。
でもよく考えれば両方取ることが出来ないということに気づく。
前者。もうそろそろ無駄な予算がない。何故か知らないがもう底が見え始めた。
後者。任務中において朝食抜きなど言語道断。いつ何が起こるかわからない。
 自分の弁当を食べられないならミサコの弁当を食べればいい、とも思ったが奴の弁当を食べれば
奴は朝食を抜かなければいけない。それでは戦力が半減、いや二割減してしまう。
一番いい方法はこの弁当を私が食べることだ。
だが、納得は出来ない。
「貴様は私に何かうらみでもあるのか?」
「いいえ、ありません」
こちらに微笑みながら、そう答える。
 ちょっとした沈黙の間に合間に雨音は軽快にテントをたたいてゆき、こんな出来事が起きているうちにも時は早く、速く流れてゆく。
 まぁこいつがいないとなんだかつまらないというのもまた事実なんだ。悔しいが。
あぁそれにしても無駄な時間をすごした。とりあえず弁当に手をつけてみる。
こ れ は ひ ど(ry
うぅぅ……。苦しみながら端末に手を伸ばす。
時は午前9時33分をさしていた。
 T.P.C.S.によると対象はすでに起床していることが分かった。そこで偶発的に思い出す。
ここらへんで二回目のメールを打っておく必要があるだろうなと。
 作業に取り掛かりメールを手早く打ち込んでいるソラの横でミサコは自分の端末を見ながらにやりと表情を動かす。
「また再生回数100.000回を超えたみたい。ふふ、やっぱり面白いものは共有しないとね」
悪魔的な微笑みを浮かべながら自分の先輩、上司、友達であるソラのほうに目を向ける。
「さぁ、任務に戻るとしますか」
ルームメイトに聞こえないようにそっとつぶやく。
「次は何をしようかなぁ」
「よしこれで一通り終わった」
掃除を思い立って数十分。
 数刻前までは荒れていた部屋はなんとか奇麗になった様子。少しの気分転換にはなった。
 外を見てみると先程まで降っていた雨は上がり雲の間からは天気予報には反し光が差し込んでいる。
外はいたって静かだ。町の喧騒も遠い。
 ふと今日は日曜日で特に予定は無いということに気づく。暇をもてあましているということも、だ。
 ……昨日見つけたノートでも読んでみることにするか。何かの……何かの糧にはなるだろう。
そこで少し雨に打たれたノートに手を伸ばし読み始める。
何も読んでいる本人には聞こえず、また何も物音を立てるものはいない。
静寂な家の中。
誰もいないはずの家の中。
だが、
何か高い音が一瞬聞こえた。
そう、
ピィ……
というような音が。
―――――――
 端末を操作しているミサコとソラが顔を上げる。たった今音が聞こえた。この世界では決して聞こえることが無い転移音が。
ミサコが声を上司に向けて声を発する。それは緊迫感ある報告の伝令。
 「本部より緊急通達があります。『貴時系にイディアルの転移を探知。護衛対象を死守せよ』とのこと。
ソラ、確かにこの時系に転移してくる集団があり、数は23!Y.ヒロに接近しています。」
簡素な命令文がよりこの事態が緊急性の高いものであることを示している。
予想より早く来たか……。心の中で舌打ちをする。
これが隊長としての初陣。
最初の戦いだが敵は容赦しない。
そう手加減は無い。
訓練とは違う。
だが
遊びでない分多くのことを学べるはずだ。
「了解した。これより敵勢力を撃破するべく、戦地に赴く。
現在地よりy=400、r=10および上方地点よりZ=12K、Y=400、X=5k、r=10。
そして規定座標Z=12K、X=5kにおいてR=60、Y=300。設定座標全てにおいてτ軸干渉を行う。
権限者 野 蒼、我が名において……」
ここで一息おく。訓練以外で初めてこの言葉を口にする。初めて。

―――力を抜き言い放つ
「停止干渉を開始する」
天をもかける大音声で、一字一句間違わず。言葉が反響して返ってくるまでに、この世界の世界観では起き得ない現象が動き始め、
空に向かって透明な白線が走り、幾重にも重なる甲高い和音が順に鳴り響く。
その美しく人工的な調べを聴きながら側近に声をかける。
「私に遅れるな」
「了解」
 朝のときとは異なる険しい表情。緊迫する空気。蒼く転じている空間の中で気持ちが高揚してゆく。テントの外に出、また一声叫ぶ。
「フィン展開!」
たった一言。二人が人間(ヒト)から天の使いと形容される姿に変わってゆく。
その形が変わったとき、彼女らは地をけり蒼き空を翔る。
今救うべき同胞のもとへ。
今討つべき敵方のもとへ。

甲高い和音が鳴るのと外が蒼く転じるのは同時だった。
ノートが手から滑り落ち、外を唖然と見る。
窓から見える蒼空。宙に留まっている雨粒。遠くにみえる飛行物体。それが何を意味するのか。
 私には分からない。だが、鉄板から発せられる警告音はたしかにこの状況が私に関係あることであるとこう知らしている。
“イディアル接近。至急、迎撃体制をとれ”と。
実に緊迫感ありげな無機質の声で
鉄板に何か言われても今この状況下でいったい何をすればいいんだ?まったく。
 唯一分かることはどうやら敵勢力が侵略してくるらしく、混乱している場合じゃないということ。それだけしか分からない。
 できれば何かしらの説明がほしいところだが、それより非戦闘員の私はどこに隠れるべきだ。その一点だけが重要に思える。

 鉄板と携帯を掴み家の階段を駆け下りる。そして最後の階段を跳び越して玄関に到達する。床を力強く蹴り玄関の扉に背を向けた。
一瞬。
その扉が外部からの衝撃、圧力、攻撃、蹴りその他考えうる手段ではじけ飛んだ。そこから推察するに何かが来たらしい。この家へ。

どうして私なのか?まったく分からない。
なにもかも全てが分からない。
うぅああぁぁぁッ!!!
もう
どうすればいいか
分からないよ?

心の中で何かを叫びつつ震え始めた体で後ろを振り返る。
そこに立っていたのは

 大きな杖を持った形容するならば天使でただし相当メカニカルな感じのというような集団。そして目を疑うような集団だった。

信じられないという表情を浮かべていたと思う。その時は。
 武装天使ご一行へは神神しい光、というより非常に眩しい金属反射光で顔を向けることが出来ない。
 なにもかもおかしくなっているその光景の中で天使の筆頭がおそらくこう言っていた。
「貴公を殺しに来た」と。
でも、実際にそう言ったかどうかは分からない。その前に戦闘が始まったから。
 その声が耳に届く前に、妖光の刃を持つ鎌を携えた死に神のような二名が玄関天井部を消滅させて、
私と彼らか彼女らの間に割り込んできたから。
 
 天井から舞い降りたその二人は己の身の丈を超える鎌を用い、どうやら私を守ってくれるらしい。
それだけは分かった。

なぜか。
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