サキヨミ 8


送信完了。
携帯の画面にはその文字が浮かび上がっている。
 今自分が置かれているこの状況。こんなもの壮大な幻想だと考えたい。自分の世界が変わっていく。
物語のようなことが自分に降りかかっている。
 抱えている頭を上げると雨音がよく聞こえる。夜の雨は不気味だ。感覚が鋭くなっている感じがした。
あのメールの送り主は一体私にどうしろと言うのだ。ソラと名乗るあの送り主。
一体何者だ?疑問の連鎖が頭の中で始まる。答えのでない問題であることは分かっている。だけど
 考えていないと不安、恐怖という感情に支配されてしまいそうなのだ。いつもは慰めてくれるPCには今は触れたくない。
 誰に話しても信じてはくれないだろう。自分の側には人間はいない。この幻想を信じてくれ人間は。頼むから夢オチであってくれ。
夢であれば……そう夢であるから私はこんな幻想を抱いている。この幻想にこのまま居続けると面倒なことに巻き込まれていく。
 私はそんな主人公にはなりたくない。物語の主役になんてなりたくない。おとぎ話に立ち入りたくない。
 そしてある結論にたどり着く。この幻想からはどうやったら抜け出せるのだろうと。
 なんの前触れもなく、窓の外を見る。そこには完璧なまでの黒い風景が広がっている。ここで面白い考えが浮かんだ。
 そうだ飛び降りてみればいい。現実なら大ケガをするだろうがこれが絶対の証明となる。現実か夢か。
  そこにあるプディングがプディングであるかの証明は食べてみること。
 英語の時間に聞いた熟語を思い出す。
 どちらの世界に身をおいているのか。いざ、証明せん。
 ここまでで仮定がおかしいということは全く気づかず、いや故意的に気づかず、かってな妄想を走らせ部屋の窓を開ける。
 それと同時に雨音が部屋の中に窓を閉めていたときより深く入ってくる。
  なんの恐怖も無いかのように窓枠に足をかけ一息に暗闇の中に飛び込む。
勢いよく空を数cm、数十cmと進みそして重力にしたがって落下をし始める。
数秒後に訪れるはずの痛みは無い。

突然鳴り響く甲高い音。

蒼く転じる視界。

全てが一瞬にして静止する。そして体は宙に留まってゆっくり降下していく。
 重力に逆らいながらコンクリートにたまった水溜りに映る自分の姿は人間とはかけ離れていた。
「……まるで天使みたいじゃない……」
自分の姿を見て嘲笑する。
総括的に考えてやはり夢を見ているらしく、幻想の中であがいているらしい。
 重力に抗いながらコンクリートに足をつく。数秒、時が過ぎた。再び甲高い音が鳴り響き蒼い空間がひゅっと転じ、
 暗い曇天が姿を見せ、雨粒が頬を打つ。水溜りに目を落とすと背中の鉄翼はすでになくなっていることが分かった。
しばらく雨音を聞き家に戻る。玄関の扉を開けると、母が帰ってきた父かと思ったのか顔を出してきた。
「お帰りなs……!!ヒロどうしたの!?」母が声をかけてくる。
「ちょっとコンビニ行ってきた。傘なしで」本当は2階の窓から飛び降りました。
 自分でもおかしなことを言っているのは分かっていた。だけれど、これは夢なのだから何をしても良いのだ。夢なのだから。
「馬鹿じゃないの!?まったく!!ほらちゃんと体を拭きなさいッ」
 差し出されたタオルを頭に乗せ、脱衣所に向かう。服を脱ぎ洗濯機に投げ込む。
そして脱衣所を後にし頭を拭きながら2階への階段を上る。一段上るごとに体が震える。寒さからくるものなのかそれとも……。
 再び入った部屋は開け放たれた窓から雨が入り、あちこちがぬれている。さっき飛び出した窓を閉め、室内を見渡す。
ひどい有様だ。扉の鍵を閉める。
この惨状も夢なら、なんの問題も……。
……思い返してみれば今回の証明は何の役にも立たなかったか。ひどい頭痛がまた戻ってきた。
 夢の中だと仮定し話を進めても、リアルな演出だ。全く本当に。ぬれたベッドに体を横たえ目を閉じる。
なにやってるんだろう……。
「先輩、もうそろそろ寝ませんか?」
 立ち止まる雨の中、買い物に行き自らの腹を満たした二人は簡易テントでくつろぐ。
 眠ってもいいと一瞬思った。が対象は、いやヒロは就寝した様子だが、先程の挙動を見て少し不安だ。
ここはやはり、本部からの何の音沙汰も無い以上監視を続けるしかない。
「いくら満腹だといっても監視をやめるわけにはいかないというのが私の考えだ」
「ヒロの観察を続ける」 
 本当は疲れを癒したい。だが任務を放棄するわけには行かない。任務を完遂するまでは気を抜くことは許されない……。
 本部は本当に無視しているかのように何もいってよこさないし。
これはよく言えば、現場尊重、悪く言えば放置プレイだ。身に重い。
 ヒロとの接触もすでに完遂した。私たちの回収が行われてもおかしくはないはずだ。
ヒロの教育のための教務用の部隊の到着もいかんせん遅い。暇な時間をもてあますのはいいことじゃない。
「じゃ、先輩。このさい新しい動画でも作りませんか?どうせ暇なんですから。この世界で楽しんでいけば良いじゃないですか」
 いったい何を考えているんだこいつは。動画作成は今回の任務でただ必要だったからやったまで。
なぜそんなものを作らなければいけないのか。
 理解に苦しむ。外は雨が降りしきる中(まぁ止ませることも出来るが)、
この二人がやっと寝泊りできるテント(広さは可変なんだけれどね)でどんな動画を作るというのだろうか。
でも考えてみれば撮影環境は整っているみたいだ……。
「先程言った通り、ヒロの観察が優先だ。そんなたわごとを言っている暇があるならヒロの観察を継続しろ」
 上司なのに命令を聞かせることが難しいというのは悲しいことだ。そう思いつつもミサコに目を向ける。
うん……こいつにしては珍しく口を閉じてT.P.C.S.を操作している。
静かになった。テントの天井を雨が打つ音がよく聞こえる。
そして数分が経過する。
 まったく本当に静かになった。自分も特にすべきことも無い。と一瞬思ったが、報告書が残っていることに気づいた。
めんどくさいものに気が付いてしまったものだ。
T.P.C.S.を起動し報告書を書き始める。
雨音。T.P.C.S.の低い作動音。キーボードをたたく音。
それ以外は何も聞こえない。田園地帯であればこそ、か。
静かだ。
本当に静かだ。
静かにも程がある。
あぁ、沈黙が重い。
 今の私は報告書を書く上司。この雰囲気を崩してまで会話を行うわけには行かない。
報告書を仕上げることに全力を注ぐ、しかない。
小さなテントのなか住人は静かに各々の端末を操り、作業をこなす。
 その間雨足は弱くなるどころかより強くなり、住人の存在を打ち消すように雲は雨粒を落としてゆく。
遠くでは雷鳴が聞こえる。
 明かりが消えたのは夜の闇がさらに深く濃くなってからだった。
時間は過ぎてゆき、朝に向かって流れていく。
雨音。最初に聞こえてきた音は雨音だった。
 荒れた部屋の中で目が覚める。周りを見渡しても妄想、もしくは夢と思っていた出来事は実際に起きたという事実しか見えない。
雨に打たれてしわくちゃになったテスト、プリントたち。
 落ちたままの携帯。オーバーテクノロジーのT.P.C.S.とかいう鉄板。
鮮明に思い出される夢。どこを見渡しても夢であったという証明は出来なかった。

物語の主人公になってしまった。

The end of proof……。
こうして私は逃げられなくなってしまった。
 時計を見る。見つめるその先で秒針は動き続け、午前9時32分を示すその時計はただ時を刻んでいる。
鍵を閉めた部屋の扉を開け一階への階を降りる。一段一段慎重に。
 一階の居間に足を踏み入れ、すでに誰もいない部屋の中でテレビの電源をつける。
――本日の天気予報
……低気圧の影響により一時的に雨が強くなると予想されます。また雷も……
それならすでに経験積みだ。身をもって。
 とりあえず食料に手をつける。空腹を満たせば何かいい案が思いつくかもしれない。
 主人公に与えられた装備は鉄板だけ。この置かれてしまった状況で行動するにはどんなことをすればいいのだろう。
いつも使っていない頭で考えると頭痛もさらにひどくなってくる。
 普段は行わない思案という行動をしていると、二階で携帯とは思えない音が鳴っているのが耳に届く。
やはりあちら側からの”コンタクト”が再び来たのだろうか。
居間を出て階段を上り、部屋に入る。すぐさま目に入ってきた鉄板は蒼く光っている。
怪しがりながらも鉄板を手に取る。何の音もなくメッセージが目の前に現れる。
先方からメールが来たということがこれらより分かる。
『Y.ヒロ。今回が二度目の会話となりますね。ま、一方通行ですけど。あなたが混乱していることは分かります。
しかし覚悟を決めてください。
 どんな覚悟であるかというのはあなたがよく分かっているはずです。あなたが一番。
あなたは選ばれてしまった以上、その責務を果たさなくてはいけません。
 どこの世界でも義務は果たさなくてはいけないのですよ。たとえそれが望まないものであったとしても』

『変わった世界であなたは生きていかなければいけない』

もう考える必要も無い。考えてもどうにも分からない。
 
改めて命令と名づけられたメッセージを見る。
 なんで過去の日付が書かれているのだろう。まぁその答えは頭に刻み込まれているようだが。
なぜ分かるのか分からない。

時空を飛べる。

全く信じられない。
普通の常識でこの現象を信じるということは出来ないだろう?
今の私にどうしろというのだ?
こんな高校生の私に。
やはり受け入れるしかないのか?
神は
それら全てを享受せよといっているのか?
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