サキヨミ 7


「暇」
「何ですか」
「暇」
「先輩、そんなこと言われても何もできないですよ」
「暇」
「ですからさっきから言うとおりヒロさんが動くまでどうにもならないですよ」
天を仰ぎながらミサコの答えを聞く。
 ひたすらに暇だ。上からは連絡も何も無い。遊んでも良いのかそれとも帰れば良いのか、
勝手に動いても良いのかそれとも待機していれば良いのか。

全く分からない。

 おそらく上はヒロの動向を見ているのだろうが今日中には彼女は動きそうに無い。それどころか任務が果たせるかどうかも怪しい。
 今日は確実に暇になるだろう。日没ももう少し。夜はどこで何をしよう。この時代についてはほとんど素人だし...

「ミサコ、とりあえず金をやるから何か買って来い」
 遠くから見れば先輩が後輩にパシリをやらせているよう見えるだろう。高校の制服を着、学校のグラウンド近くの芝生に
寝転がりながらそういっているのだから。実際そうなのだが。
「めんどくさいですよ。別に食べなくても生きていけるじゃないですか」
それを受け即答する。
「お前の暇を潰してやろうかとおもってのことなんだ。他になにかすることでもあればすれば…」
言葉の続きはT.P.C.Sの強制起動音にかき消された。
「!! 彼女に動きがあったようです!!」
―――――――――――――――
「もうだめだどうしよう」
PCに向かい、昨日とは別人のようにキーボードをたたく。そう、まるで人格が変わったように早く打てるようになった。
打ち出される文字は他の返信を大きく突き放し、掲示板に刻まれていく。
「おまいらどう思う」
PCに打ち込んだ文が口に出る。
                
ゆとり妄想乙。
                wwwwwww
wwwwwwww                  これだからゆとりは
    なんと壮大なwwww
               wwwwwwwwwwww
乙。   
             乙
返ってくる返信はもう目に入らない。
ひたすら自分の状況を説明する。
数時間ほどノンストップで打ちつづけ、ついにアク禁なるまでそれはとまらなかった。
不安。
それが今自分の状態を形容できる単語。そんなことを思ったとき、外では雨がふり出してきたかのような音が聞こえ始める。
外は漆黒の闇。
ふいにネットに逃げていた自分に嫌悪感を抱く。
 いくら不安でもそれを和らげることのできるものはPCにはない。そう気づく。いや、気づかされた。
そうこう思っているうちに玄関の戸が開く音がする。
家族が帰ってきたのだろうか……
 部屋のドアを開け階段を下りる。階段はすでに暗く足元はよく見えないほどだ。玄関かに到達する。
「……」
親が帰ってきたみたいだ。
普段はなんとも思わない親がなんだか心強い味方のように思えてきた。
が、そのまま部屋に戻る。何の会話もない。
 そしてまたPCに向かう。幾分かは精神が安定したように思うが、どうだろう。
自分の心が分からない。自分が自分ではないような気がする。
 普段自己について何も思わない高校生が今そんなことを考えても確証は無いが。いやでも(ry
そうこう思っているうちに着信音が鳴る。
 ただし携帯ではない。鉄板いやトピクスだったかそんな名前の物体からだ。音が着信音かどうか分からないが
 どうやら呼んでいることは確からしい。
手に取り、なぜか分かってしまう起動ボタンを押す。
スッ―――
 ホログラフィといった類のものが宙に出現する。このオーバ(ryが示すところによるとメールのようだ。
『Y.ヒロ。あなたがこのメールを見たとき私は死んでいるでしょう(笑
うそですよ。冗談です。初めてのコンタクトには冗談も必要かなと思ってね。|誰?
正確には昼間に二回会っているのですが、あなたは分からないでしょう。
おそらく。|えっ?どういう…
それはいいとして、あなたの今持っている端末に最初の命令が届ているはずです。
 何のことかというと初めて起動したとき、触れたとき現れたメッセージのことですよ。
 あれはあなたに課せられた任務です。これは詐欺でもあなたの夢でも幻覚症状でもありません。
現実です。
 物語でいうあなたは選ばれました、っていうこと。|……
抗うことはできません。
必ず達成してください。おそらく明日また会うことになるでしょう。
その時は今日とは違う関係になっているでしょうけど。

See you next time.』
 最後まで読んだあとメッセージを閉じる。そして鉄板を机に置く。暗い部屋の中でPCと共に光っている、
その物体を見つめながら考える。
自分に課せられた任務とやらを。
……
とりあえず...
……
 ご飯を食べることにした、最大の現実逃避にして最良の手段だ。
 また閉じたドアを開け明かりをつけた階段を下りる。
 そして居間に入り、母親との久しぶりの会話をする。本当に久しぶりだ。思ってみれば。
 先程の暗い雰囲気を吹き飛ばすため無理をしてみる。その無理もなかなかつらく、会話に一休止入れる。
 一瞬の沈黙。その間に雨音が聞こえる。
再び会話へ。
そして出来上がってきた料理を食べる。居間で。

珍しいねぇ。

 そういわれるのも無理は無い。ここまで疎遠なのも結構問題だったと思う。
これをきっかけに少し改善するのだろうか。
食べ終わると風呂を沸かしに浴室へ。ひっそりとした浴室にはいり、湯を張り始める。
湯がたまるの待つため、居間で過ごしてみる。この時間は数ヶ月ぶりかもしれない。テレビを見てみる。
少し見ていないだけでバラエティの顔ぶれは大きく変わっている。
母親と共に画面を見る。
そうして時間がたった後、浴室に向かう。が、まだ湯はたまっていない。
仕方なく居間に戻る。
 何度も言ったりきたりしているのは気のせいだと言い聞かせながら。行動の中心が今であることはめったに無い。
 少し考えが変わったのかと自問自答してみるも、答えはそんなものではなかった。

現実逃避。

本来の生活から外れて行動することで、逃げているのだ。
という結論に達する。
ま、普通の生活に戻っていることはいいことなのだろうが。

どしたの?

母親から話しかけられる。普段なら何も返さないが今回は返す。
そしてまた会話が始まる。
なんというか少しだけ楽しく感じる。家族というものを少しだけ感じる。
また少し時間が過ぎる。
今度こそと思い、浴室へ。
どうやら今度は多すぎたようで、少し溢れていた。服を脱ぎ(ry
 風呂から上がると、少し居間に顔を出した後、階段を上る。廊下の明かりを省エネモードにして雨音の聞こえる部屋に入る。
PC横の物体を手に取り、メールを起動する。そして打ち込む。相手を確かめるために。

先程の送り主へ。

一文打ち込んだがこの後が続かない。
どうにも文を作ることができない。どうすれば。
手がかりを探すべく先程の送り主の名前を見る。T.ソラ。全く心当たりは無い。やっぱりなんの手がかりにもならない。
文どうしよう……
そこで目に入ったのが携帯。仕方ないので友に助けを求めることにした。
手に取り、相手にユキコにメールを打つ。

送信。

送った後、その返信を待ちわびる。がなかなか返ってこない。雨音が耳に入る。
電子機器でしか外界と接点を持たない自分には寂しい時間。
傍らには誰もいない。
 そう思っているとなぜか身震いした。風呂で温まった体もだいぶさめてきている。そんなに時間は過ぎていないはずだが。
しかも体に倦怠感と疲労感が……
もう歳かもしれない。
そう思いながら、ベッドに向かう。なんだか疲れた頭と体を癒すために。横になったら少しは……

 横になることで不安じゃなくなっていく。がそれでもやはり心の大部分を不安が占める。
非日常的な物語に巻き込まれた人物の大変さがよく分かる様な気がした。

そして、まぶたを閉じる。
―――――――――――――
「どうやら、ヒロさんはだいぶ疲れているようです。精神的にも肉体的にも」
やはり“コンタクト”は負担が大きいな......
 といってもこれ以外実用的な方法はない。ま、現場がどう考えようと全く意味は無い。
せめて何かしてあげることはできないのか。
「ミサコ、ヒロに何かできないか」
こういう時の知識が少ないというのはまったく役立たずだ。
「う〜ん。どうでしょう。何もできないんじゃないですかね」
なんという......
あぁもうもっと社交術(?)を学んでおくんだった……

雨降る中、校舎の下、テントの中でため息を付く。
「で」
うん?
「今日の夕食は?」
あぁそうだった。食料は現地調達だったな、って今頃何をぼけているんだ。
「だからいったろう。夕方に買って来いと」
「あれぇ?先輩確か暇つぶしにとかなんとか」
「とりあえず行け」
「なんで部下にそんなことさせるんですか?ここは上司がやるべきでしょう」
なんで?
「それは逆だろう。なぜ上司にさせる。さぁさっと買いに行け。
何も食べられないまま夜を明かすことになるぞ」

「いやでもそこは先輩が……」

2人の不毛な戦いは続く。

――――――――――――――
パッパーンパーンパーンパラ

携帯に手を伸ばす。ゆっくりとまぶたを開け、携帯を開ける。

『to ヒロ

う〜ん、それ多分援交のメールじゃない?そういうのにはあまりかかわらないほうが良いよ。

不安ならお断りしますとでも送ったら?』

そうですか。
これがその類ならどんなに楽だろう。もしかして壮大な罠にひっかかっているのかも。
とりあえず返信しとく。

送信。
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