そのぞくっとするよな笑顔に、一瞬恐怖を覚えた。「ちょっと。 顔が歪んでるよ」 思わず、口に出してしまった。 「うん? ああ、悪い。 ちょっと、久しぶりに面白いものを見つけた気がしてな。 クラッカーの本性が出てきたってわけだ」
改めて見れば、ゲオルクは、そこそこの好男子だ。適当にはさみで切り揃えている髪の色は、金糸のように、細やかな、金髪。 眼鏡をかけた眼は、光の届かない、深い水底のような、碧眼。その顔は、若さに満ち溢れ、これからどんないたずらをしよう?と考えて微笑む。そんな少年のような無邪気な顔。 本当は、邪気にあふれた、ちょっと危ない人なのだが、それは出会ってすぐわかるものではない。私は少なくとも、だまされた。でも、だまされた、と思っても、人柄は、その性格とは裏腹に、深く、包容力があって、いつの間にか、彼の魅力に引き込まれてしまっているのだった。 「おい、ハルカ? どうした? 何妄想にひたってるんだよ?」
「わかった、わかった。 ま、俺に任せろ。 回線は開けっ放しにしとくから、何かあったら、こっちに、連絡よこせ」
この場所から、ゲオルクたちのいる場所まで戻るには、エレベータなり、再突入艇なり、マスドライバーなり、なんらかの施設を動かさなくてはならない。が、やはりエネルギーが足りない。通常は、核融合炉からの莫大なエネルギーの三分の一が、こちらに回ってきているのだが、今回はそれはない。
こちらにあるのは、数千枚の太陽光パネルだけだ。これを活用すれば、できないこともないだろう。あくまで一回、あっちに向かうだけならば。 しかし、そんなことをすれば、研究員たちが暴動を起こすだろう。研究に使うエネルギーを全て遮断し、照明を全てなくし、空調すらもオフにしてしまわなければいけないのだから。 これだけのことをやっても、あちらに向かうことのできる人数は限られている。ここにいる、四千人の研究員のうち、戻りたがっている人々は、こっそりと、数人が脱出しようとしているのをみれば、暴徒と化すのは目に見えている。 ここで、暴徒となってもらっては、全員の命にかかわる。それだけは、避けなくてはならない。となると、恒常的な輸送手段を作るしか、あるいは手段がないのではないか。 ふぅ、と窓から目を上げ、天を仰ぐ。難しい。どうすればいいのか全く、わからなかった。しばらくして、ここは、同僚にも意見を仰いだ方がいい、自分ひとりでは無理だ、という結論に至った。
這這 「うわぁ、やっぱり、きれいだわぁ」
その姿勢のまま、手に持った端末を方で操る。そして、異常がないことを確認した。顔をあげると、もう一度、培養槽に頬擦りをした。おやすみなさぁい、と声を掛け、端末を近くの机に置くと、部屋のドアに向かって歩きだした。 そのときだった。横開きのドアが動いた。メグは不審に思った。なぜなら、培養室に入るときは、ドアに鍵をかけるからだ。誰も入ってくることのできないように。それが、今、目の前でゆっくりと動き始めていた。メグはパタパタとスリッパの音を鳴らしながら、ドアに駆け寄り、その主を確かめる。 相手は、ハルカだった。 一生懸命、ドアを開けようとするその姿は、なんだか、かわいらしかったが、手伝ってといってきたので、手を貸した。だが、手をかけた瞬間、いとも簡単にするりと、ドアは横に滑っていた。 どうして、この子はこんなに非力なのぉ?と思いつつ、まぁ、女の子だから仕方ないかぁと思った。ハルカはこれだけの動作で、息が上がってしまっている。
「で、なにか用なのぉ?」
「ここから、下の方に戻るには、どうしたらいいかって言う話。 どうにかして、ここから降りられないかしら」
ハルカは、わたしに相談したのは間違いだった、とでもいうように、頭を振った。思い返せば、わたしは、まだ一つ言い終えていなかったことが、あったことを思い出した。たしかに、今のは、だれでも、失望するしかないような適当な答えだった、と反省した。
|