Q.E.D. 5

そのぞくっとするよな笑顔に、一瞬恐怖を覚えた。「ちょっと。 顔が歪んでるよ」 思わず、口に出してしまった。

「うん? ああ、悪い。 ちょっと、久しぶりに面白いものを見つけた気がしてな。 クラッカーの本性が出てきたってわけだ」
 また、、、大きくけたけたと笑った。よく笑う男だ。
笑うのをやめると、ふう、と息を吐き、いつもの青年の顔に戻った。

 改めて見れば、ゲオルクは、そこそこの好男子だ。適当にはさみで切り揃えている髪の色は、金糸のように、細やかな、金髪。 眼鏡をかけた眼は、光の届かない、深い水底のような、碧眼。その顔は、若さに満ち溢れ、これからどんないたずらをしよう?と考えて微笑む。そんな少年のような無邪気な顔。

 本当は、邪気にあふれた、ちょっと危ない人なのだが、それは出会ってすぐわかるものではない。私は少なくとも、だまされた。でも、だまされた、と思っても、人柄は、その性格とは裏腹に、深く、包容力があって、いつの間にか、彼の魅力に引き込まれてしまっているのだった。

 

 「おい、ハルカ? どうした? 何妄想にひたってるんだよ?」
 ふと、我にかえった。恥ずかしいことに、相手を目の前にして、思慮にふけってしまった。
 「あわわ。 い、いや、べつになにもない。 とりあえず、そっちはそっちで、犯人見つけて。 うん。 こっちはこっちで、頑張るから、うん」
 意味もなく、両手を握りしめて頭を上下に振った。私が大きく取り乱した姿が面白かったのか、ゲオルクは、大きく笑った。恥ずかしい。

 「わかった、わかった。 ま、俺に任せろ。 回線は開けっ放しにしとくから、何かあったら、こっちに、連絡よこせ」
 じゃあな、というと、ゲオルクは画面の外に行ってしまった。
 相手のいなくなった画面を見やったあと、ベッドに、座った。この後のことは、月を見ながら考えることにした。
 当面は、ここから、ゲオルクたちのほうに、どうやっていくのかという問題と、エネルギー不足の問題。この二つをなんとかしなくてはならない。

 この場所から、ゲオルクたちのいる場所まで戻るには、エレベータなり、再突入艇なり、マスドライバーなり、なんらかの施設を動かさなくてはならない。が、やはりエネルギーが足りない。通常は、核融合炉からの莫大なエネルギーの三分の一が、こちらに回ってきているのだが、今回はそれはない。

 こちらにあるのは、数千枚の太陽光パネルだけだ。これを活用すれば、できないこともないだろう。あくまで一回、あっちに向かうだけならば。 しかし、そんなことをすれば、研究員たちが暴動を起こすだろう。研究に使うエネルギーを全て遮断し、照明を全てなくし、空調すらもオフにしてしまわなければいけないのだから。

 これだけのことをやっても、あちらに向かうことのできる人数は限られている。ここにいる、四千人の研究員のうち、戻りたがっている人々は、こっそりと、数人が脱出しようとしているのをみれば、暴徒と化すのは目に見えている。

 ここで、暴徒となってもらっては、全員の命にかかわる。それだけは、避けなくてはならない。となると、恒常的な輸送手段を作るしか、あるいは手段がないのではないか。

 ふぅ、と窓から目を上げ、天を仰ぐ。難しい。どうすればいいのか全く、わからなかった。しばらくして、ここは、同僚にも意見を仰いだ方がいい、自分ひとりでは無理だ、という結論に至った。
 手早く、クローゼットを開けると、中から薄い青色の白衣を取り出した。そして、袖に手を通す。鏡の前にたち、後ろの髪の毛をもう一回まとめなおした。準備が整ったところで、彼女に会いに行くことにした。彼女はまだ起きているのだろうか。


這這

 「うわぁ、やっぱり、きれいだわぁ」
 メグは、自分の”こども”たちをみて、法悦に浸っていた。
 照明を落とした室内には、十本のガラス張りの円柱が設置してあった。その円柱は上部に設置された照明によって薄く光を放つ。
 メグは、透明な液体の入った培養槽に、頬をすりすりとすりつける。にんまぁと怪しい笑みを浮かべている姿は、禁忌を犯した研究をするマッドサイエンティストに見える。

 その姿勢のまま、手に持った端末を方で操る。そして、異常がないことを確認した。顔をあげると、もう一度、培養槽に頬擦りをした。おやすみなさぁい、と声を掛け、端末を近くの机に置くと、部屋のドアに向かって歩きだした。

 そのときだった。横開きのドアが動いた。メグは不審に思った。なぜなら、培養室に入るときは、ドアに鍵をかけるからだ。誰も入ってくることのできないように。それが、今、目の前でゆっくりと動き始めていた。メグはパタパタとスリッパの音を鳴らしながら、ドアに駆け寄り、その主を確かめる。

 相手は、ハルカだった。

 一生懸命、ドアを開けようとするその姿は、なんだか、かわいらしかったが、手伝ってといってきたので、手を貸した。だが、手をかけた瞬間、いとも簡単にするりと、ドアは横に滑っていた。

 どうして、この子はこんなに非力なのぉ?と思いつつ、まぁ、女の子だから仕方ないかぁと思った。ハルカはこれだけの動作で、息が上がってしまっている。
 じゃ、なにかわからないけど、はいってぇ、と中に招き入れる。そして、机の上に座らせるとコーヒーを勧めた。だが、私はカフェインは取りたくないの、夜眠れなくなるからと断られてしまった。じゃ、お酒でも、飲む?よく眠れるわよぉと言って、部屋の中にある冷蔵庫から安物のぶどう酒を、取り出そうとすると、私、未成年なんですけど、と、再び断られてしまった。

 「で、なにか用なのぉ?」
 ぶどう酒を、コップになみなみと注ぐと、炭酸飲料のようにがぶがぶと飲んだ。
 「ちょっと話がしたいと思って」
 ハルカは、私はまじめなの、ちょっとお酒飲むのはやめて、とわたしをたしなめた。

 「ここから、下の方に戻るには、どうしたらいいかって言う話。 どうにかして、ここから降りられないかしら」
 手元からハンカチを取り出し、額の汗をぬぐいながら、真剣にこちらに眼差しを向けている。
 一瞬、間が開いたあと、
「そうねぇ。 それ、ちょっと考えたんだけどぉ、作業用エレベータってあるじゃない。 ほら、ここのこの資材とか運んできた時に、使われたっていう。 それ使えばいいんじゃないかって思ったのよぉ」
 と答えて、また、一口、ぶどう酒を飲んだ。
 「でも、それは、二世紀ぐらい使ってないんでしょ。 そんな危険なもの使えるわけないじゃない。 あなた、酔っ払っているの」
 そういうハルカの眉間はたいぶ険しくなってきている。第一、と
 「エネルギー不足で、そんなの使えないわよ」
 「いやぁ、使えると思うわぁ。 作業用だから」

 ハルカは、わたしに相談したのは間違いだった、とでもいうように、頭を振った。思い返せば、わたしは、まだ一つ言い終えていなかったことが、あったことを思い出した。たしかに、今のは、だれでも、失望するしかないような適当な答えだった、と反省した。
 「その、ごめんねぇ。 エネルギー不足についても、一つアイディアがあるのよぉ」 ふふふと含み笑いをすると、頭を腕の中で抱えていたハルカは、顔を上げた。

前の話。
続き。
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