Q.E.D. 6


 ハルカは依然として、顔を赤らめたり、わわわっと動揺したりなんだか楽しそうな雰囲気だ。 だけど、もう時間なのよ。
 「下に降りるわ」 酔いもだいぶ回ってきた。

「まぁ、とりあえず座って」
 私は、彼女を研究室の応接用とは名ばかりのテーブルに案内した。
 その散らかりように、小さくためいきをついたのが見えた。 「今、私たちがいるこの研究塔は」
 立ち上がって自分のデスクにおいてあるノートPCをテーブルに置いた。マウスを動かし、この塔の設計図及び関係諸図を画面に表示させた。
 手早く目的の図を引っ張り出してくる。

 「この塔には、垂直に何枚もの発電用パネルがついてるのは、知ってるわよねぇ? で、主にコレはこの塔の電力供給の一部を補助的に補ってるんだけど」 
画面を操作すると、図が展開し、画面の下から上へと、この実験塔の図が走る。
 その次には、何百、何千のソーラーパネルが円形の塔の壁面に、垂直に描写されていく。
 「で、今はこんな感じ」
 キーボードのキーをぽんと人差し指で押すと、そこには、現在、稼動しているパネルとそうではないものが色分けで表示され、区画ごとに整理されている角度、発電効率などの数値が表れた。

 「現在パネルによる発電効率は、48パーセント。 で、今この塔のエネルギー充足率は、10パーセントにも満たないわ」
 「まぁ、生命維持で限界って所ね」
 ぽんぽんとキーをたたき、パネルから漏れ出した電力の供給先を表す色鮮やかなラインが、様々な階層に流れていく。
 大規模な実験装置などがある階層への電力供給は限定的で、そこの階層はエネルギー不足を表す赤で染まっていた。
 私はグラスに残っていたぶどう酒をぐびっと飲み干し、また注ぐと、話を続けた。

 「こんな感じで、エネルギーの供給状態は最悪ね。 私は管理者権限のPCだからこんな感じのことが分かるけど、他の研究者たちはなんの情報も無いから、混乱するのも仕方ないわよねぇ」
 憂鬱。顔に手を当て、手をひらひらと扇がせた。
 門下の研究者たちは下で起きていることを知らないのだ。万が一、口外すればパニックが起こるだろう。 今はシステム障害ということになっているが、事態は機械相手の修理で修復できるような状態ではないのだ。
 「で、この状態を打開するには下に行くしかないわ。 下の連中と合流して、ミネルヴァを止めないと」
 ふむ、とハルカはうなずいた。彼女も何か思ったようで携帯端末を取り出すと、誰かを呼び出した。端末をテーブルに置くと、短い着信音の後、テーブルの上に某ウィザード金髪坊やの上半身が立体的に投影された。 
「随分はやい呼び出しだな。 なんかあったか? こっちはそこそこ順調だぜぃ」 ケタ、とちいさく笑みを浮かべた顔には幾分疲れが見えた。
 「こっちは特に進展はないぞ?」
 「こっちではちょっとした進展があったの。 なんとかしてそっちにいくわ」
画面先でホーエンハイムがふーんと鼻を鳴らした。「で、どうするんだ。 俺を呼んだわけは」 ハルカは私の方を見つめた。勘が鋭い、もしくは、私と同じ事を考えたか。まぁ、どちらにしろ、ホーエンハイムを飛び出したのは正解。
 「ホーエンハイム。 あなたにやって欲しいことがあるのよ。一時的に第1塔、第2塔、第3塔のすべてのソーラーパネルの操作できるようにしてほしい」 この突然の提案にも驚いている様子はない。
「そうか。やはり、その類のやつか。 予想はついてたぜぃ。 だが、それはすこし大変だな。 そっちのPCでできるほど簡単なシステムじゃないし、第一、演算能力やらなにやら機械面で問題が多すぎるんじゃないか」 私はニヤリ、と笑った。
 「私の技術力をなめないでいただける? うちの”子供たち”を使うわ」
 発言の意図を把握できていないホーエンハイムに向けて、さらに説明を重ねる。
 「ニューロコンピュータというやつよ。 生体の脳組織を用いたコンピュータ。 私の子供たち、いえ、実験体といいましょう。 この子達をすこし、弄れば、十分な演算能力を発揮できるわ。すくなくとも、培養すればさらに、能力を上げることもできる」
 「私の門下の専門も可能だといっている」
 ホーエンハイムはケタケタケタといつもより多く、しかし抑えて笑うと、そうか、了解したようだった。
 「プログラム自体はもう数秒で組みあがる。 とりあえず、裏ルートを通して、なるべく早く送る」
10秒後。プログラムの素体が送られてきた。速い仕事だ。
「私のほうも準備しなきゃね」 手持ちのPCのキーを普通の速度の4倍近くで叩くと、準備を整えることができた。
 「これで、なんとかなるわねぇ」8万枚ほどあるとされる発電パネルをとりあえず掌握した。
 予備、待機、及び非効率的なソーラーパネル6万枚近くを稼動上体に持っていくために、子供たちに演算を開始させる。
 さて、次の仕掛けにいくとしますか。
ぶどう酒のボトルを手にもつと口に近付け、一気に飲み干す。
「やるわよ!」
ハルカはとりあえずホーエンハイムと何か話し合っているようだ。
若いっていいねぇ……。ちょいっとうらやましくなった。
 ホーエンハイムの送ってきたプログラムを使い、塔区画の電力配分を調節する。 主要配電をエレベータに回し、あとは若干一般にまわした。党全体がきしむような低い重低音が鳴り響く。 体の奥まで響きわたる機械の駆動音が聞こえる。 その音にドキッと心臓が反応する。
 ソーラーパネルの移動までもうすこし。普段はデブリ対策に格納されているものまで動かしているから多少時間がかかる。この後のメンテナンスは大変だろうが、頑張ってもらうこととしよう。
 発電率は380パーセント近くまであがっている。これならエレベータも動かせるレベルだろうと思う。
 それを確かめると各塔責任者にこの私たちの下塔と制御プログラムへのアクセス権限、もろもろの事情をメールで送信した。

前の話。
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