サキヨミ 2


その一層濃くなる影の中。

その影に溶け込む二つの人影。

「影、涼しいですね〜」

 そういいながら、そのうちの影の一つが手に持った下敷きであおぐ。
もう一方は校舎内から出てきた人をじっと見つめる。
そして呟く。
「定刻通り、対象は資料を回収したようだな……」
すかさず、
「当然ですよ。確定事項ですから。」

そんな会話をする二人は影から抜け出し、どこかに歩き出す。
「なんか飲み物でも飲みません?」

「別にいいが、どこにあるんだ?」

 そう言って提案者がこの時代には不適当かつ先進的な平らな機器を取り出し、3DMAPを出現させる。
「どうやら、後者東側にあるようですよ」

 誘導に従いながら中庭の自販機への暑い道のりを進んでゆく。
「対象の観察はもういいですよね? だってもう目的の大部分が完遂されてるんですから」

そんなことを言われながら

「にしても、何で私があんな動画を投稿せねばならないんだ」

あの記憶は呼び起こしたくはないというような表情を浮かべながら答える。

「いいじゃないですか。サイトではかなり盛り上がりを見せましたよ。対象も夜遅くまで見て本日寝坊しましたし」

「これも任務のためか……」

 二人は複数の人で賑わう中それぞれの好みに応じた自販機に並ぶ。
そして自分の番が来るとすばやく硬貨をいれドリンクを買う。
「あれ? 先輩炭酸系苦手だったんじゃないんですか?」

ちびちび飲んでいる相手にそう問う。

「これが挑戦というものだ。いつまでも逃げていても意味は無い」

「何への挑戦ですか? それあまり意味なさそうですよ」

「そんなことより」

そう言いながら芝生のほうへ歩き出す。次第に高校生のにぎやかな声が遠のく。

「次の時刻の確認」

 問われた相手側は先ほどの機器を取りだし、操作する。
「確認します。予定だと7分後、ここに対象が表れ私たちと出会うことになります。そこでのシナリオは前回確認したとおりです」

「了解」

 短く返事をして、芝生に座る。一方も同じように。そしてその時が来るのを待つ。
 遠くでは高校生たちの声と吹奏楽部の楽器の音がする。
そしてしばらくの気まずい沈黙の後、
「暇つぶしに、対象の動きでも観察しません?」

「……」

返事など構わず、手のひらに収まる鉄板を操作する。

――――――――

―――っつい!

「疲れたぁぁ眠い。」

 そう言いながら部室へ歩く。先ほどのノートを持ちながら。
 このノートを自分の家に持ち帰っても今日は土曜日。明日返せばいい。それに忘れていくほどのものなら困らないはず。

「さっさとカバンに入れようっと。たまには読書も悪くないよね」

独り言を話していると不意に後方から声がかかる。

「ひ〜ろ!何してるの?」

 振り返ると同じ部活の同僚、ナガハラ ユキコだった。視界にはほかの人はいない。

「いや、特に何もしてないけど?」

「おやおや、先ほどからトイレに行くといって行方不明だったひろが?まぁいいけどね」

「とりあえず、練習に戻ろうか」

「うん。わかったけど先に行っておいて。ちょっと部室においていかなきゃいけないものがあるから」

 しかし、ユキコは下がらない。逆に「おいていかなきゃいけないものって何?」
と食いつかれた。せっかくじっくり見れると思ったのに。この分だと一緒に行かなければだめそうだ。

「また見逃すとどっか行きそうだからその荷物とやらをおいてくるまでここで待ってるよ
」

やはりじっくり見ている暇はなさそうだ。さっさと置いてこよう。
「すこし待って」

 そういって部室にゆっくり入る。中には誰もおらず、静かになっている。鍵もかけていないのに無用心なことだ。
 ま、こんなのどかな田園地帯の真っ只中にある高校で窃盗事件なんて起きそうもないが。

「えぇっと、荷物はっと……」

 似たような指定かばんの中で自分の荷物を探すのは一苦労だ。特に何も飾りをつけていないからすぐにどれかは分からない。
 しかも昼間にもかかわらずけっこう暗い。

「あ、あった」

 やっと見つけた自分のカバンにノートを入れる。
 そこでもう一度表紙が見える。大きくきれいな字で書かれた表題。
 記名はされていない何の変哲もないノート。
「どんな人が書いたんだろう?」

 そう疑問に思いつつも、ノートをカバンにいれる。そして荷物を元の場所に置き立ち去る。同僚は部室の外で待っていた。

「遅い。早く行って少しでも練習しなきゃいけないんだから。眠くてもまじめにやらなきゃだめでしょ?」

 ほとんどの言葉が頭をすり抜ける。眠い。また眠くなってきた。眠気のせいか少しふらふらしながらも前に歩き始める。

「さぁ、きちんと前を見て歩く。それにしても眠そうだね。やっぱりあの動画サイトに行ってたの? 

夜遅くまでPCに向かってると体に悪いよ?」

余計なお世話だと思いながら

「あれは生きがいなんだ。昨日、いや今日見た動画がとても面白くてそのせいで眠れなかったから。本当に面白いよ」

 と答える。どうでもいいから部活が早く終わるといいと思いつつ歩く。その後しばらく沈黙が続き練習場所へ着く。

「う〜ん?やっと行方不明者の発見か。どこで何してた?」

 と最上級生が当然の質問をする。あれこれ理由を考えしばしの沈黙が流れたが特に思い浮かばず、その場しのぎに
「先生に呼び止められてしばらく話をしていました」

という返答をする。当然その場しのぎだからその後の展開など考えてもいない。

「ふ〜ん? だとしたら40分以上説教をしてもらってたのか?」

「内容は?」

 ありもしない内容を言える訳が無い。またもや沈黙。とりあえず口を開き

「生活についてです。あまりにも眠くてふらふらしてたところを先生に捕まえられました。どんな生活をしているんだと」

 みんなが納得する理由はこれしかない。これでもう詮索は入らないだろう。たぶん。

「そう……。ま、とりあえず今はもう休憩時間になるから結局練習できないな。いくら眠くても練習はまじめにしろよ?」

「わかりました」

「では今から休憩30分取るから練習せず自由に行動して。はい、解散」

 最上級生の宣言により一斉に練習をやめ、その場にいた部員たちは話したり、どこかに言ったりしていく。

どうせなら眠気覚ましになんか飲みに行こうか……。

休憩時間を利用し自販機のある中庭へ歩きだす。

 後ろからユキコがついてくる。なんだかんだいってこいつは友達だ。どこにでも着いてくる。

たまにうっとうしいこともあるけれど、

やはりいいものだね友っていうものは。

そして中庭へ

―――――――――――

「どうやら目標接近のようです。シナリオ通り行きましょう」

「わかっている」

 一通り操作した後、機器をしまいそのときが来るのを待つ。沈黙が続く。

「なんか会話しません? 不自然ですよ私たち」

「といっても特に話題は無いぞ?」

「だったら、あの投稿した動画のことについてでも話しませんか」

 またもや、あの忌々しい動画についての話。正直言ってもう振り返りたくない過去とでも言いたげ。

「嫌。あのことについてはもう何も考えたくない」

「でもこの後あの動画のことを軸にストーリーが展開していくんですよ?」

「何か不測の事態が起きないように耐性を持たせたらいかがです?」

「これこそチャレンジですよ」

 嫌。嫌なものは嫌、なぜこんなシナリオになったんだ?というような表情を再び浮かべる。

「そんなことより対象は?」

 話題がすりかえられ、任務についての確認を再度行う。だが答えるまでもなくその答えはすぐに分かった。

「うわ、この炭酸きつい。結構目が覚めるぅ〜♪」

対象接近。シナリオ開始。
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