サキヨミ 3


「とりあえずシナリオ通り行きましょう」

 そう言うと先ほどの薄い機器を取りだし、操作を始める。周りに人影は無い。一瞬で緊張が高まる。

「これよりτ軸、ρ軸において干渉を開始する。権限者T.ソラおよびY.ミサコにより対象物のτ転移停止、ρ変動。

 発効は対象物r=50進入時」

申請完了。これでシナリオ第1段階。

「次のステップへ行きましょう、ソラさん。面白い演技期待してますよ」

大きなお世話だ。まったく。なぜ私がこんなことしなけらばいけないんだ。こいつにやらせればいいものを。

「ミサ、T.C.P.S.の起動まで後数秒だ。少し黙れ」

 発言から数秒後。甲高い音が鳴る。干渉開始。対象は喋りながら接近中。
「これやっぱり買わなければよかったと思うよ。今、後悔した」

「でも、眠気は飛んだでしょ。これで練習にきちんと取り組めるようになった。喜ばしいでしょ」

笑いながらこちらに近づいてくる。シナリオ第二段階始動。

「でもね……。!? うん!?あ、あの人は!?」

「なんかあった?」

 そう言いながらこちらをみる。演技やりたくない。つらい。もう逃げたくなってきた。うつだ。

「ほら、さっき話してたでしょ。動画のこと。あの面白くて中毒性が高いやつ。あそこにいる人がその動画をあげた人にとても似てる」

「というよりどう見ても本人。さもなきゃ双子。声だって完璧に同じだし」

「でそれがどうしたの?」

 興味が無いほうにとっては至極つまらない。そんなことを知ってか知らずか話がどんどん展開していく。

「それがって? これどうみてもすごいことだよ!? その動画はね、一夜にして再生数80.000回を突破して
『動画界の現人神』というあだ名まで付いた人だよ!? それを作った人が今目の前にいる」

「で、結局何する気なの?」

 当然こんな話に興味の無いユキコは結論へさっさと持って行った。このままだと明らかに暴走しつづける。

これ以上気温が暑くなったらたまらない。

「当然、それを実演してもらうんだよ。動画では伝え切れないあの感じを今リアルタイムに感じる事出来る――。
とてもすばらしいことじゃない。でもまさか同じ高校に通っているなんて」

「ネットの世界って案外狭いな。うん」

「でとりあえず突撃!!」

 そう言うと普段の様子からは想像できないテンションで前方の女子生徒二人に突撃してくる。

ユキコはそこで手を握られ一緒に道ずれにされる。

「どう考えても迷惑なんじゃ」

 そんな声も耳には届かなかった。勢いは止まらず獲物に向けてまっしぐらに走ってくる。
そろそろ会話を始めるか……

「で結局、昨日上げた動画が今日の朝見たら再生数100.000回突破してたんだ。ほんとに驚いたよ」

「ソラはさ、なんでそんなところに才能が……」

 後ろから声がする。二名分の足音と共に。振り向く。

「すみません。失礼ですけどあなたはもしかして現人神さんですか?」

 あまりに単刀直入すぎて事態が飲み込めない、フリをした。

「え……。なんですか?」

「あなたですよね? 『自分を変える三つの踊りを作ってみた』で再生数80.000回超えた人。用件を言わせてもらいます。
私の前で踊ってください。お願いします」

 すかさず、もう一人の対象が言葉を入れる。

「それってとても失礼じゃない? いきなり現れて。やっぱり炭酸じゃ眠気覚ましにならないか。どうせ寝ぼけてるんでしょ」

「すみません。友がご迷惑をおかけして。こいつはあなたの動画を見て夜更かしをして寝不足でこんなことを言ってるんです」

「さっさとつれて帰りますので。ほら行かなきゃ」

ここでシナリオ通り、

「え……いゃ……別にいいですよ。あれ結構楽しいですし、なにより私の動画を見てここまで大胆にこられたんですから踊ります」

と言う。そして横からミサコが
「ソラ、あれ踊るの? 結構つらいんでしょあれ。まぁやりたいなら私は止めないけど。とりあえず張り切りすぎないでね」

「後が大変だから」

これで、あれを踊らなければいけなくなった。もう後に引けない。「ありがとうございます!!」

本当に嫌だ。

「ではお願いします!!」

さっさと作業を終わらせてくれ、ミサコ。

演技開始。

あまり興味も無かったユキコもこれには腹筋を壊された。

 ミサコはその様子を横目にT.C.P.S.を操作する。

「対象への干渉を開始する。ρ軸改変、対象のレベルをコネクトへ。ならびにτ軸修正、時空域座標入力。

全過程執行をT.ソラに一任。指示を待て」

 そして演技が終わる。
 二人ともおもしろすぎるゆえに腹筋を破壊され死にそうな笑い声を出す。私は本当に死にそうだ。恥ずかしすぎて。

「はぁはぁはぁ、本当に面白かったです。やっぱりあなたは本物です」

「初めて見たんですが本当によかったです。ヒロの情報でもたまには役に立つことがあるみたい」

それはそれは。どうもありがとう。さぁ宴を終わらせようか。

「ありがとうございます。あ、くれぐれも私のことは秘密にしておいてください。そんな何度も踊れるほど私、体力ないから」

「了解です。ご迷惑おかけしました」
二人そろって言う。もうこれでいいだろう。シナリオ終了。これより干渉を集束させる。

「動画を見てくれてどうもありがとう。次作あるかどうか分からないけれどまた」

 ここでミサコが事態を終結させる。この一言が無ければここを逃げるのは難しいからな。

「あ、そういえばソラ、私たち面接の時間過ぎてる。早く行かなきゃ」

携帯電話にもみえるT.C.P.S.を見て時間を確かめるかのようなそぶりをする。

「思ってみればそうだった。それではそういうことで。じゃあね、ヒロ」

 これにて全ての干渉を集束。時空域を所定へ。軸に対する干渉を終了する。あたりにヒトには聞こえない音が鳴り響く。

全てが終わった。

 そして二人は立ち去っていく。

「いゃ、本当に面白かった。だから言ったでしょこの面白さは寝坊するのに値するって」

「まぁ、たしかにあれならしかたないよね。それより私たちも戻らないと。もう後5分で開始だよ」

 そして二人も足早にその場を立ち去る。周りにはやはり人影は無い。

遠くで吹奏楽部の下手な楽器の不協和音が聞こえ、生徒たちの声がする。

 面接へ行ったはずの二人は歩きながら会話をする。

「あとは、基礎概論を読んでもらうだけだな」

「それまではソラさんと私の苦労は終わりませんね」

二人の影は地にあらず、その会話は誰にも届かない。

 不意に、ミサコが声を出す。
「ソラさんのあれ、録画しとけば良かったですね」
 それに対して即答する。
「無理だ。あれを残したら一生苦しむ。まさか撮ってないだろうな」

頼むからもうやめてくれ。
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