サキヨミ 5


「あなたは神を信じますか?」

「えっ...」

 目の前にいるのは知らない男性。面識も無いのにいきなり何を言い出す。
もしかして新手の勧誘? 新興宗教? でも何であったことも無い人と二人でいるんだろう。
たしか家に帰って部屋に入ったはずなのに。
 あたりを見回す。見えるのは並んだ机。黒板。教卓。窓の外は夕日の差し込む整備の行き届いていない中庭。
音は何も聞こえない。いたって静かだ。 

もう夕方? 夏も近くて日も長いのに? もうそんなに時間が? 時計を見るとすでに6時……
「何を見ているのです? 質問に答えてください」

 相手側はやさしい口調で語りかけてくる。けれど、拒否はできない。
どう答えればいいんだろう...。何も考えていない。でも重い沈黙に耐え切れず口を開く。

「私は......」

!?
 答えようとしたとき、なぜか視界が大きく変化する。男性は消え視界はブラックアウト。
その光景に一瞬目を瞑る。そして目を開ける。
 視界はぼやけている。最初に見えたのはこの間のテストの答案。
絶望的な点数だった。次に見えてきたのは床。どうやら自分の部屋のよう。

「誰も信じないし。神なんて。だってこんな点数とってしまうだから」

 立ち上がりながら、男性との会話はどうやら夢の中の出来事らしい。ということに気が付いた。何であんな夢を見たんだろう。
 なんの解釈もしようがない。考えてもむだか。

PCに目を向ける。そこにはスクリーンセーバーが起動していた。マウスを動かし、スクリーンセーバーを消す。本当にいらない機能だ。

 最初に見える画面はネットだった。特にもうやることも無い。があのノートのせいで頭がまだ痛い。まだ動画を見ているほうがまし。
 すばやく動画のランキングに飛び、適当に上位を見始める。ただしランキング1位は見ない。
これ以上腹筋が壊れたら明日筋肉痛になりかねない。

 そしてしばらく時間が過ぎる。さすがに動画を見るのも疲れて目が痛くなってきた。
ネットを消し、PCをシャットダウンする。

「これくらいでやめておこう」

 と思ったのは良いものの、何もすることがない。高校生ならではの勉強というコマンドもあるが、それは最後だ。やっぱり前言撤回。
 一階へ階段で降りて薬箱から目薬を取り出す。

で目にさす。

「よし、これで目も大丈夫」

 もう一度自分の部屋に戻り、PCの電源をつける。その間、やはり暇。
PCの横に開いたまま放置してあったあのノートに手を伸ばす。

そしてまたパラパラと見る。

 PC起動完了を告げる音が流れ、ノートを閉じる。そしてまたネットを開く。
でもさすがに動画を見るのは疲れた。目は復活したけど、腹筋の周りに鈍痛を感じる。

「τ‐ρ理論ね……」

 先ほど見たあのノートの内容に興味を持つ。あんな硬い文章高校生には無理だろう。先生のうち誰かが机に入れていったのか?

 いや、それは無いだろう。

 忙しいこの学期末でそんな余裕のある人がいるとは思えない。ま、過去に書いてありそれを入れていったとも考えれるが、

第一私の机に入れる意味が分からない。

 とか考えても、状況証拠が余りに少ないから結論は出そうに無い。とりあえず、すでに提唱さているかどうかググってみよう。

ま、あんな独創的な理論どうせ未発表だけれど。

τ‐…カタカタ…ρ……どろ…あっミスった……りろん……カタッカタ…理論。

τ‐ρ理論

検索。

「なんか出てくるかな?」

―――――――τ‐ρ理論 の検索結果 約 39,800 件

多ッ!!

「え、なにこれ。多すぎでしょ」

 表示されたサイトの紹介文を見ていくと、「散乱媒質中の震源から多数のエネルギー粒子を射出し,

同粒子の時空間分布を波線理論に

基づいて微小時. 間ステップ(≪平均自由時間)毎に計算する.

この場合,散乱と自由伝播の ... τ. と. gr. =. ρ. のように無次元化してシミュレーションを行う…?

意味が分からない。
でも。

 でも2つだけ分かる事がある。それは一番最初に表示されているサイトだけが他のサイトの紹介文とは趣旨が違うということ。

真っ白だ。

 それともう一つ。このノートの理論はどこからか書き写したものではないかということ。こんな奇抜なアイディア、

凡人には思いつかないでしょ。

 とりあえずこの一番最初のサイトに興味を持った。ノートに関係なくてもこんなサイト紹介めったに見れない。

 一応、ブラクラチェッカーをかけ、普段起動した瞬間終了させているアンチウィルスソフトを起動させておく。これで万全。

 「いい暇つぶしになるといいけど」

クリック。
 サイトが表示される。と同時に画面が白くなる。まさかのブラクラ!?チェッカー意味ない。
キーボードをたたいても―――断じてキーボードクラッシャーではない―――
マウスを動かしても―――ま、カーソルすら表示されていないが―――
なにも変化は無い。
ここは必殺『電源を落とす』を使うしかないと直感的に感じた。

「もうブルースクリーンになっても知らない。 このままだとPC自体が壊れるかもしれないし」

 でPCの電源ボタンに手を伸ばす。そして長押し。しかし電源は落ちない。次に連打。やはり電源は落ちない。これでもだめなら、
「これもしかしてウィルス!? 何で消えないの!?」
「もしかして、誰かにはめられた!?」
とか思いつつそして電源コードに手を伸ばす。「元から絶てば消えるはず!」
引き抜く。
が画面に変化は無い。どうやら家のPCはデスクトップにもかかわらずバッテリーが……
「付いているわけが無い!! いつかの停電のときPC切れたし!!」
「ぁぁぁあああ!!!何で消えないの!?」

動転しながらPCの後ろ側を見る。そしてそこから伸びているコードを見る。

繋がっているのはUSBの分岐に繋がるコード、スキャナー、そしてRANケーブル。

外界に繋がっているのはこれしかない。

そしてRANケーブルを抜く。視点を後ろから画面に戻す。変化は……

「ない!? 何故!? なんで!?」
頭の常識が当たり前だろうといっているが
もう何をすればいいか分からず、コンセントに繋がっているPC関係のコードを全て抜く。
だが何も変わらない。
「なんで!?」

そんな疑問符が浮かんだ瞬間画面に変化があらわれる。
「!?」
そのすぐ後画面に目が釘付けになる。感情表現ではない。そう金縛りにあったように本当に釘付けになった。

――――――――――――――
「ソラさん、対象との接続開始しました。これよりコンタクトを開始します」

「心もち優しくしてやれよ。これ結構驚くからな。初めての者は」

そう会話している間にもミサコはT.P.C.S.を操作する。軽快なキーボードをたたく音が鳴り響く。

「分かってますよ。先輩もやってくださいよ」

はいはい。分かりましたよ。

「いつまでやってもこの操作は馴染まない」

そして数秒後。
 二人が同時に声を出す。そしてまるで台詞のように全て同じ速さで、同じ口調で言葉を発する。

「T.ソラ、対象へのコンタクトを完遂。対象名:Y.ヒロとのτ接続を開始」

「Y.ミサコ、対象へのコンタクトを完遂。対象名:Y.ヒロとのρ接続を開始」

「対象についての時空域干渉を全て解除。任務完遂」

 そう宣言し二人とも機器を自分の横に置き、芝生に倒れる。見えるのは蒼い空。濃い影。高校の校舎。中庭の風景。
……はぁ、疲れた。これで特に何もすることは無い。いや待て。思えばある。あの動画だ。今のうちに削除しておこう。

あんなものさらし続けるわけにはいかない。

「ソラさん? 何してるんですか?」
 とりあえず無視し動画を削除申請。
 今見たところによると再生数250,000を突破していた。よくもまぁ伸びたものだ。
ミサコは何か気づいたらしくT.P.C.S.の操作を始める。そうすると機器から下手なリコーダーの音が聞こえる。

「あ〜やっぱり先輩あの動画関係全て消したんですね!? だめですよ。 あれは残しておくべきだったのに。残念です」

「しかも、もう再投稿できないようにハッキングしてサイトのプログラム書き換えてありますし」

思い知ったか。これでもう恥ずかしい思いをする必要は無い。

「あんなものこの世から消え去ればいい」

なんて晴れ晴れした気分なんだ。風が気持ちいい。これで厄介ごとは何も無い。

「もう全く。しかたないですね。とりあえずヒロさんの経過を見ましょう」

―――――――――
 ぱーんぱーんぱーんんぱぱぱぱん
携帯の着信音が鳴る。画面にユキコと表示されている。
「………なに?」

向こう側からは下手なリコーダーの音とユキコの声がする。

「いやぁ、いまさインテリいったんだけどさ、さっき見た人いたでしょ?あのひとの動画が削除されていてさ、見れないんだよね」

「………本当?」

「本当だって。何でそんなに驚かないの? 声も元気ないし。大丈夫?」

「………うん、大丈夫。だけど少し疲れたから一回寝ようと思うんだ……だから切ってもいい?」

「え?もう1回?なんだt」

 返答を聞かず携帯を閉じる。そして机の上におく。その机の上には先ほどまで白い画面だったディスプレイ。PC。
 今は完全に沈黙している。
自分はベッドに横になりながら先ほどを振り返る。

「死神か……」

ふと呟く言葉。その声は宙に舞い消えた。
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